ITmedia ビジネスONLiNE 2018/10/10 08:15

退職代行サービス「EXIT」を運営して、どんなことが分かってきたのか

 会社を辞めたいけれど、ちょっと言いにくいな。上司に言えば「根性が足りん! 最低でも3年は働け!」と怒鳴られそうだし、人事に相談しても「ウチと違って他社はもっと厳しいよ」と説得されそうだし。辞めたいのに、辞められない――。

 このようにモヤモヤした気分で働いている人も、実は多いかもしれない。そんな人にオススメのサービスがある。退職代行サービス「EXIT(イグジット)」だ。

 「退職代行? 言葉の響きからなんとなく怪しい感じがするけれど、大丈夫なの?」と思われたかもしれないが、心配無用。辞表や保険証などは依頼者が用意しなければいけないが、連絡はすべてEXITの担当者が行ってくれる(仲介のみで、交渉はしない)。料金は退職1回につき正社員が5万円、アルバイトなどは4万円(いずれも税込)。

 2017年春にこのサービスをスタートしたところ、これまで大きなトラブルに発展したことはなく、退職成功率は100%だという。20代前半の男性を中心に利用者が伸びていて、現在月に200〜250件ほどの退職を代行しているのだ。

 漫画のようで漫画でない。映画のようで映画でない。あまり知られてない退職代行の世界で、どのような“ドラマ”が繰り広げられているのか。EXITを運営している新野俊幸さん(28)と、岡崎雄一郎さん(29)に話を聞いた。聞き手は、ITmedia ビジネスオンラインの土肥義則。

●「辞めます」が言えなかった

土肥: 退職代行サービスと聞くと、「なんだか怖そうだなあ」「ちょっと大丈夫かな」と感じる人が多いと思うのですが、どういったきっかけでこの仕事を始めたのでしょうか?

新野: 私は3つの会社に就職して、3つの会社を辞めました。3社で「退職したい」旨を上司に伝えなければいけなかったのですが、ものすごくつらかったんですよね。言いにくかったですし、恥ずかしかったですし、申し訳なかったですし。勇気を振り絞って伝えたところ、課長、部長、統括部長、本部長、人事……といった感じで、次から次にミーティングが設定されて、「辞めないでくれ」「考え直してくれ」などと説得されました。

 会社の偉い人に何度も同じようなことを言われると、考え直す人も多いと思うんですよね。実際、周囲でも「オレは会社を辞める」「来月には辞表を提出する」と言いながら、辞めない人が多かった。辞めたいと思っていても、説得されて、結局は働き続ける。社会人1年目のとき、私の周囲にこのような人が多かったので、「第三者に退職を依頼すれば、うまくいくんじゃないか」とぼんやりと考えていました。

土肥: 3社を辞めるとき、どのような気持ちだったのでしょうか?

新野: 1社目は上司がものすごく高圧的でした。毎日のように怒鳴られていまして。同期が400人ほどいたのですが、私が最も怒られていたのではないでしょうか(苦笑)。「会社に就職すれば、そこで最低3年は働かなければいけない」といった“常識”がありますが、自分は辞めたいと考えている。常識に反する不安や怖さのようなものを感じていて、なかなか言い出せないでいました。

 2社目は、私のスキルを向上させるために、たくさんのお金を使ってくれました。いろんな研修を受けさせてくれましたし、海外出張も行かせてくれました。会社は「これから貢献してくれよ」と思っていたはずですが、そのタイミングで辞めることに。手厚い待遇をしてくれたので、辞めるのは申し訳ないという気持ちがあったのですが、その一方でこの会社でも上司が高圧的でして……。とても言いづらい状況でした。

 3社目では、大きな仕事を任されていました。また上司や同僚がものすごくいい人たちだったので、辞めることをなかなか言えませんでした。働きやすい環境だったので、辞めることは裏切ることではないかという気持ちがあったんですよね。これまで2社を辞めているので、「スムーズに退職できる」と思っていたのですが、3社目でもなかなか言えませんでした。

岡崎: そのころ、新野から「退職代行サービスという仕事を始めようよ」と提案されていたのですが、「やっぱり、いまの会社で働くわ」と言ってきたんですよね。当時は何を言っているのか意味がよく分かりませんでした。ただ、いまなら分かるのですが、それほど「会社を辞めます」と言うのは難しいことなんだなあと。

新野: 強い気持ちで辞めたいと思っていたのに、上司などに説得されて、考え直す自分がいました。ということは、やはり「退職代行サービスはニーズがある」と確信に変わって、その後、3社目の会社を辞めました。

●「会社を辞める=悪」のイメージ

土肥: 「退職代行サービスを立ち上げるんだ」と言ったとき、周囲からはどのような声がありましたか?

新野: 周囲の先輩や友人に話をしたところ、「めちゃめちゃおもしろそうだね」「確かにニーズがありそう」「オレも使いたかった」といった声がありました。一方で、会社で人事などを担当している人からは「いやいや、それって社会人としてどうなのよ」「会社に来て、きちんと言ってもらわなければ困る」といった意見もありました。

 一度でも転職をした経験がある人は「おもしろそうだね」「ニーズがありそう」と言ってくれたのですが、転職経験がない人からは「それって社会人としてどうなのよ」といった声がありました。また、転職した人でも恵まれた環境で働いていた人や辛いことを経験していない人からも「会社に来て、きちんと言うべきだ」といった意見がありました。上司とのコミュニケーションがうまくとれている人たちにとって、「辞める」のひとことはそれほど抵抗がなかったのでしょう。あと、どのような家庭で育ったのかも強く影響していると思うんですよね。

土肥: 育った環境が影響している? どういう意味でしょうか?

新野: 多くの日本人は「会社を辞める=悪」と受け止めていますよね。私の親もそのような考えをしているので、子どものころから「会社を辞めてはいけない」といった考えを刷り込まれていたのかもしれません。

土肥: だから、会社に「辞める」ことをなかなか言えなかった?

新野: はい。「辞める=悪」は会社だけでなく、学校の部活動も同じではないでしょうか。「途中で辞める=悪」のような感じで受け止められていて、中学生でクラブに入っていなければ「お前、大丈夫か?」と心配される空気が漂っていますよね。「何事も続けることはいいことだ」といった考え方がありますが、本当にそうでしょうか。自分に合わないと感じれば、辞めて違うことをやればいいと思うんですよね。

岡崎: ちなみに、新野は親に会社を辞めていることを伝えていません。現在2社目で働いていることになっています(笑)。

土肥: じゃ、私が代行しますよ。「あなたのお子さんは、実は……」といった感じで(冗談)。

●担当者との“やりとり”は、こんな感じ

土肥: 依頼人から要請を受けて、その人の上司などに連絡をしていると思うのですが、どのようなやりとりをしているのでしょうか?

岡崎: こちらの社名と名前を名乗って、自分たちがやっていることを説明するのですが、なかなか理解していただけません。「よく分からない人から電話がかかってきた」「ウチの社員が辞めるってどういうこと?」といった感じで。ただ、徐々に認知度が上がってきまして、サービス名などを伝えると「とうとうウチにも来たか」といった対応をする人が増えてきました。

土肥: もう少し詳しく教えてください。電話口でどのようなやりとりをしているのでしょうか?

岡崎: 「御社で勤めていらっしゃる○○さんの依頼を受けて、代わりにご連絡させていただいています。○○さんは『これ以上、会社に出社することができない』とおっしゃっていまして、会社を辞めたいと言っています」――。もちろん、これがすべてではありません。ちなみに、あくまで連絡の仲介を行っていて、交渉はしません。

土肥: 先方はどのへんで「ちょ、ちょっと待って」となるのでしょうか?

岡崎: 「今日から出社できません」と伝えると、びっくりするケースが多いですね。このほかにもたくさんの質問を受けて、それに対してひとつひとつ丁寧に答えなければいけません。

土肥: それで先方は「うん、分かった」となるのでしょうか?

岡崎: いえ、ならないですね。本当に○○さんは会社を辞めるのか。本人に電話をするケースが多いのですが、基本的に本人は電話に出ません。2〜3日、そのような状況が続くので「やっぱり、辞めるのか」となって、あきらめることが多いですね。

新野: どうして依頼人は会社の人と連絡をとりたくないのか。会社や上司のことが「嫌い」なんですよね。そのような状態にさせてしまった側にも責任があるのではないでしょうか。もちろん、会社が100%悪いとは思いませんが、代行業務を行っていると、先方から「そんな勝手なことが許されると思っているのかっ!」といった声をよく聞くんですよね。でも、普通に働いていれば「会社の人と話をしたくない」なんて思いませんよね。

土肥: ふむふむ。

●会社の担当者から大声を出される

土肥: なぜ会社に「辞めます」のひとことが言えないのか。ブラック企業やパワハラなどの問題がからんでいるのかなあと思いますが、依頼者からどのような声を聞いていますか?

新野: 外食産業で働いていた人はこのようなことを言っていました。朝6時に出社して、深夜の2時まで働いて、次の日また6時に出社する。こんな生活を続けていたら、きちんとした睡眠がとれないですよね。朝6時に出社しても、タイムカードを押すのは10時から。なぜそのようなことをするのかというと、上司から「タイムカードを押すな」と言われているから。いまは残業規制が厳しいので、過剰に残業していればその上司が怒られるわけですよ。だから「押すな」と命令される。

 深夜2時まで働いて、朝6時から働くのは違う店舗のこともあるんですよね。朝が早いこと、家から遠いことなどもあって、電車で行くことができない。となるとタクシーを利用するわけですが、その交通費は出ない。このように“奴隷”のような働き方をしていると、「自分は大切にされていないな」「会社を信用できない」と感じますよね。

土肥: 企業の担当者と話をしていて、大声を出されたことはありますか?

岡崎: あります、あります。20〜30分ほど説教されて、その人は「じゃあ、お前が働けよ!」「人がいねえんだよ!」などと言ってきました。

新野: あと、依頼者の悪口を言う人もいます。「あいつは使えねえからな。いらないからいいだけどよ」「いらないけれど、最後くらいは来いよ。ま、いらないからいいんだけどな」といった感じで、“いらない”を連呼するんですよね。そうした人の対応を聞いていると、普段から「お前なんか使えない。いらねえよ」といった発言をしているのでしょう。

岡崎: こうした背景があるので、依頼人は「辞めます」という言葉がなかなか言えないのではないでしょうか。

●最後に、親にひとこと

土肥: 会社を辞めたいと思ったとき、どういう人に相談すればよいのでしょうか? 上司に相談しても「ウチの会社は楽だよ。他社は大変だから。ノルマもきついし」といったことを言う人がいますよね。

新野: 転職を経験したことがない人がそのようなことを言っても、説得力がないですよね。同じ会社に勤め続けている人は、いまの会社を辞めたらどうなるのかを知りません。辞めることは、ある意味、自分の人生を否定することにもなるので、「会社を辞める=ネガティブ」に受け止めているんですよね。

土肥: ということは、転職したことがない人に相談しても、うまく説得される可能性が高いわけですね。

新野: はい。ただ、多くの人は会社の上司や先輩に相談するんです。先ほども言いましたように、その会社でしか働いた経験がない人に相談しても、ネガティブな答えしか返ってきません。じゃあどうすればいいのか。転職した経験があって、辞めても転職できる環境があることを知っている人に相談するのがいいですね。そうすると、「それおもしろそうじゃないか」「辞めたほうがいいよ」「やりたいことをやりなよ」といったアドバイスが返ってくる。相談する相手は、間違えないようにしなければいけません。

土肥: 最後の質問です。先ほど、新野さんは親に「会社を辞めて、いまは起業していることを伝えていない」と言っていました。いまは2社目のところで働いていると。この記事を読んでいただけるかどうか分かりませんが、親にひとことお願いします。

新野: いまの時代は、終身雇用が前提ではありません。また、転職市場も活性化しているので、会社を辞めても次があります。というわけで、やりたいことをやらせてください。やりたくないことを、20年も30年もやりたくありません。以上です。

(終わり)

ITmedia ビジネスオンラインより転載
http://www.itmedia.co.jp/business/articles/1810/10/news016.html